高橋 誠さん(18回生E組)

磁器作家「故 高橋 誠 さん(19回生E組)」の奥様、高橋明子 様よりお便りを頂戴しました。

高橋 誠さん(18回生E組) 同窓会の皆様、生前は陶芸家 髙橋 誠の制作活動を応援してくださいましてありがとうございました。心よりお礼申し上げます。誠のことを少し紹介させていただきます。

誠は1948年大宮に生まれ、武蔵高校ではバレーボール部に所属、自由な校風の中青春を謳歌しました。3年の浪人生活を経て東京芸術大学に入学、大学及び大学院で色絵磁器の人間国宝の藤本能道に師事、卒業後も10年間同師の元で弟子として修業しました。1984年に日本工芸会正会員となり、1986年神奈川県小田原市に築窯、独立、日本中で個展を開催、時には海外の展覧会にも出品し、2013年5月に東京で事故により急死する前日まで制作活動に打ち込みました。

「色絵磁器」の作品を数多く制作、白い磁器にマンガンの黒い線で「骨描き」をし、透明感のある色彩の重なりで鳥や植物をいきいきと描きました。また吾須と呼ばれる絵の具を使用して藍の濃淡で絵付けする染付の作品も多く制作しました。仕事が好き、お酒が好き、人が好き、故郷となった小田原市根府川をこよなく愛し、どこでも多くの友人に恵まれました。応援してくださいました皆様には大変感謝しております。

誠が大好きだった根府川にある自宅をただ今改装中、2016年春には誠の作品を展示するギャラリーをオープン予定です。その時にはご案内申し上げますので相模湾を望み、ミカン畑の広がる美しい根府川にぜひ誠の作品に会いにお越しくださいませ。

 会報誌31号の表紙も飾って下さった磁器作家「故 高橋 誠 さん(19回生E組)」の奥様、高橋明子 様よりお便りを頂戴致しました。誠にありがとうございました。

 表紙にもありました写真は、高橋 誠 さんの作品「色絵烏瓜に山雀面取壷」です。

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[11/29開催]都立武蔵高校 昭和43年卒業(20回生)第二回 同期会開催のご案内

【都立武蔵高校 昭和43年卒業(20回生)第二回 同期会開催のご案内】

2008年武蔵高校同窓会での「ホームカミングデイ」に合わせて開かれた同期会から6年経ちました。その後、この同期会がきっかけとなり各クラスの集まりも盛んになっていると聞いています。その時、世話人の中で5年後くらいにまた同期会を開こうとの声が上がっていました。そこで昨年から準備会を立ち上げ、下記の日程で開催することになりました。
訃報を聞くことも多くなってきたこの頃ですが、一番若かった時を思い起こしましょう。「林を出でて林に入り」と校歌を歌い、ともに学び、歩いた武蔵境に集いましょう。再会しましょう。皆様の参加をお待ちしております。
《同期会世話人一同》

日時: 平成26年11月29日(土)
場所: 武蔵野スイングホール【レインボーサロン(11F)】

【懇親会及びアトラクション(G組岡田君によるバイオリンの演奏)】

受 付:13:00~  同期会:13:30~16:30  会 費:6,000円

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「事業部」 岸田 誠(16回生C組)

ojisan01齢69になりますが、いまだ現役で働いております。運営委員になりましたきっかけは土屋会長が武蔵野市長の在任中に仕事がらみでお誘いを受けましたのがそもそもの始まりです。在学中は学校に関連する事は 全くしておりませんでしたが、私の人生の原点は 武蔵にあると思っており 卒業後に少しでもお役にたてばということで、仕事の合間を縫い 出来る範囲内でのお手伝いをしております。若い方々へ継承することを願い 素晴らしい意義のある同窓会を構築、同窓生の皆様に喜んでいただけることを望むと共に 同窓会のさらなる発展を願い 微力ながらの活動しております。

事業部 16回生C組 岸田 誠

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「同窓会事業部のご紹介」 小谷野 純一(20回生)

ojisan05同窓会事業部は、「同窓会総会」の運営と、同時に行われる「アトラ クション」及び「懇親会・ホームカミイングデイ」の実務を担当し ています。具体的には、現在年に一回行っている「同窓会総会」開 催のための会場との打ち合わせ、「アトラクション」においては出演者(卒業生)との交渉及び舞台の準備、また「ホームカミングデ イ(卒業20年目、40年目)」での卒業生への呼びかけや準備作業な ど、多岐にわたる活動をしています。

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「役員やりがいの声・企画広報部」 卯之原 文康(21回生)

ojisan06役員やりがいの声

私は58歳で同窓会運営委員になり、以来5年間「会報武蔵」の発行に係ってきました。
同窓会収入の約半分を使っている会報の発行・発送は同窓会の重要な行事の一つであり、母校や会員相互を結ぶ貴重な「絆」だと考えています。
今後はホームページも活用して、若い会員との「絆」も深めていけるようにしたいと思っています。
時代に沿った同窓会活動をするために若い会員の参加をお待ちしております。

企画広報部 卯之原 文康(21回生)

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「広報企画部」 木村 友紀(42回生)木村 友美(50回生)

pose_ganbarou_woman運営委員には、声を掛けていただいて成り立てです。「お世話になった学校なので、何か還元してみるのもいいな」という気持ちだったのですが、委員会など出席する毎に「やりたいことが具体的に」見えてきます。同級生を懐かしむだけでなく、幅広い年代の方と新たに出会えるのも、魅力のひとつです。

そんな運営委員に皆さんも仲間入りしませんか?同窓会を盛り上げるべく各部がテーマをもって活動しています。武蔵で過ごした時代から現在にかけて、ご自身の培ってきた感性や家庭生活での経験・仕事のスキルなどが活かせ、面白いことができるかもしれませんよ。ご興味ある方、ぜひ一緒にやりましょう!

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木村 友美(50回生)

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「2012年度同窓会総会・懇親会」 開催報告

2012年6月3日(日)、武蔵境駅前の武蔵野スイングホールを会場に、都立武蔵高等学校同窓会総会を開催いたしました。参加会員は190名。6名の恩師にもご参加いただきました。
アトラクションとして登場した20回生の三栄亭大笑さんの落語「三枚起請」が始まるとステデイな総会とはうってかわって、会場は笑いの渦に包まれました。
総会終了後、会場を11階のレインボ-サロンに移しての懇親会では、24回生のホームカミングデイも開催され、笑顔の輪が会場全体に広がりました。

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「大菩薩ヒュッテ 新設水道完成!≪武蔵上水≫と命名」 卯之原 文康(山岳部OB会会長代行)

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2007年の夏、勝縁荘から借りていた水道が渇水のため使えず、利用者にこ不便をおかけしたことがありました。既存の水道は老朽化が激しく、たびたび破損 水漏れを起こしていたので、山岳部OB会で、この際もっと水量を確保できる自前の水道を作ろうという話が持ち上がりました。

早速、翌年から山岳部OB会総会とヒュッテ管理委員会それぞれで、山岳部OB諸氏、学校、PTA、同窓会の承認をいただき、並行して近隣山小屋の了解を取り付け、関係各官庁との事前協議、取水口・水路の候補地調査、水路設計など、2009年の新水路敷設工事に向けて準備を進めていきました。

取水口選定にあたっては、四季折々の沢筋の水量を調べ、渇水期でも水量が確保できること、水圧による自然放流なので導水を容易にするため、ヒュッテよりも標高が50m以上高いことなどに重点を置き、最終的には勝縁荘の前を流れる姫ノ湯沢の源頭付近で標高差100m上部の国立公園内に取水口を決めました。12月に山梨県峡東林務環境事務所による取水口の確認、水路敷測量に立会い、申請のための事前準備をすべて終えました。

 

03dosokai_unohara 2009年2月に提出した申請書が3月に認可さね、4月からは水路の整備のため、倒木の排除、下草刈りを行い、5月30日、初狩から荷揚げした300kgの資材を勝縁荘前に着荷。一巻の重量40kg、全長90m、口径25mmの塩ビ水道二層管七巻をいったん平らに延ばし、予定水路に沿って引っ張り上げたり、ダム状にした取水口にフィルター付き取水管を設置したり、登山道を跨ぐ所に水道管を通した鉄管を埋めたりと、総勢11名のOBが汗まみれになつて工事にあたりました。

その日の夕方、試験開通させた水道管から水が勢いよく出た時には、皆で美味しい沢水を飲みながら完成を喜びあいました。その時、誰からともなく「水道の名前は武蔵と学校の北を流れる玉川上水にちなんで<武蔵上水>にしようと命名されました。さらに、9月に補助水道管と中間枡を設置して、渇水対策と不純物除去対策を補強しました。これで、ようやく全てのインフラを自前で持つことができ、利用者の皆さまに自信を持って快適な宿を提供できるようになったと思います。

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「お鷹の道散策~11回生ミニ同期会~」 北川 洋(11回生C組)

昭和34年3月卒業の11回生は一年おきに同期会を開いていますが、そのほかにも年に数回、有志が声を掛け合ってミニ同期会を開いています。

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最近では、都立薬用植物園で「青いケシ」を鑑賞したり、埼玉県立航空記念公園での桜の花見などを行い、毎回10数人が参加しています。2013年4月には、国分寺から「ハケのお鷹の道」に行ってきました。

国分寺駅南口からしばらく歩くとお鷹の道に入ります。ここは住宅の裏手を流れる水路に沿った散歩道で、自転車も通らずのんびりと歩くことができ、真姿の池や国分寺崖線下の湧水群では、清らかな水の流れに心も洗われ、武蔵国分寺跡では参加者一同ボーっとはるか昔に思いをはせていました。

国分寺駅に戻った後は遅い昼食も兼ねてカラオケ店にもぐりこみ、歌いたい人は思い切り熱唱し、話したい人はおしゃべりに興じるなど、それぞれにたっぷりと楽しんでいたようです。

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「地域女性史の編さん活動に関わって」 木下 伸子(13回生G組)

昨2013年9月、私もメンバーの1人になっている西東京市女性史研究会(通称西女研-さいじょけん)で西東京市の女性の聞き書き集・年表「女の絆と底力」を出版した。2012年12月には西女研の前身である西東京市の女性史を編さんする会で「いのちと知恵をつなぎ暮らしから社会を変えた女たち」を刊行しており、今回はその第2弾である。編さんする会は12人のメンバーだったが、今回西女研はメンバー5人でまとめ上げた。

01otayori_kinoshita 地域女性史とは、学校で習う歴史や自治体史などに取り上げられることは殆どない、それぞれの地域で、日々の暮らしの中で様々な問題や課題を解決しながら生きてきた女性の人生にスポットを当て、彼女たちがまちの歴史に深くかかわってきたことの記録である。聞き書きという形で纏められることが少なくない。

「ここで、ずっと農業をされていて、観光農園にまでされた、その間いろんなことがあったと思うのですが、是非、お話をうかがわせてください」たとえば、農家の娘に生まれ80年余り、今も農業をしている女性には、こんな風にお願いをするところから、聞き書きを始める。
「なーんも人に話すような大したことしてきたわけじゃないんだよ」私も子どものころに聞いた覚えがある多摩言葉で控えめに語り始めるが、「戦争前は、家業の農業を手伝いながら養蚕もしていた。日照り続きで雨乞いをした。戦争中はB29の空爆に逃げ惑い幼い弟妹を連れて疎開をした。終戦後、農地改革があったので、分家してもらって結婚、農業を続け、やがて、自ら他県の果樹農園を見に行って、夫と一緒に観光果樹農園にした。農協の役員をしたり、70歳過ぎて、ヘルパーの資格をとり、ボランテイアもした」など彼女の悲喜こもごもの人生の殆どが語られる。この地域の農業の歴史でもある。

 

01otayori_kinoshita2 他に家業を切り盛りした商家の主婦、町会議員、共同保育所作り、高校増設運動、反核・平和運動、福祉や消費者問題、環境問題・ゴミ減量などに取り組んだ人、教師や保母さん、女性社員が何千人といる中で定年まで勤めた同期3人のうちの1人など、話を聞いた人は30人以上、それぞれの話を、時系列に整理したり、特にその人らしいこと、地域の歴史として興味深いことなどを、できるだけ話者(話し手)の話し言葉のまま記述するのが聞き書きである。他のメンバーと一緒に議論して推敲を重ね、あいまいなところや聴きたりないことがあると、またご本人に聞きに行くということを繰り返し、今まで知らなかった人と信頼関係ができ親しくなっていく過程を経て、最終的にはご本人の了解を得て、出版原稿となる。

どの話者も共通して語るのは太平洋戦争中の体験である。この地域には中島飛行機関係の軍需工場が多数あったとのことで空襲もひどかったようで、印象に残っている。

私は小学校入学の年から、平成の大合併で田無市と合併して西東京市になった旧保谷市に住んでいる。畑だらけの農村だったところに移住してきて、親たちが様々な活動をして、まちを変貌させてきたのを見てきたが、自分自身は武蔵卒業後定年まで、市外に勤めていたので、今回話を聞いた女性たちのような活動はしてこなかった。この編さん活動に関わって改めて、住んでいる地域の歴史を見つめ直すことになった。

最初の出版は市との協働事業で、助成金が得られたが、今回は全くの自費出版、1200円で有償頒布することになった。趣旨を理解してくれる人にカンパをお願いしたりもしたが、武蔵の先輩をはじめ、多くの友人・知人に協力してもらった。出来上がった本を読んでもらったが、一様に、西東京のことだが、どこの地域にも、女性にも、共通することが沢山あり、興味深かったという感想がもらえ嬉しかった。

これからもゆるゆると活動していくつもりだ。