近藤 敦子(旧姓 濱野)《33D》
「私は、一級建築士として仕事をしています。武蔵で学び、先生方や友人達との出会いで、本当にやりたいことを見出し、勉強や仕事が大変な時にも頑張れる力を戴きました。「武蔵」に、心から感謝しています。」


石川 三枝子《33D》
「在学中は女子バレー部でした。卒業後も人生の節目には顧問の石川和昭先生、副顧問の養護の古谷昭代先生に支えていただきました。男バレ女バレ合同OBチーム武蔵クラブを立ち上げ現在も毎年正月に交流を続けています。」


上甲 覚《33D》
「時は昭和後期、なんとなくの高校時代。持続可能な学業と帰宅部の両立。時は今・・・雨雪かぜ強まる令和初期、色々渦巻く波乱の時代。医師の仕事と帰宅部の両立。高校生活で身につけた文化資本は役に立つ・・・かな。」


是枝 裕和《33F》
「お正月明けから韓国に来ています。4月からこちらで撮影する新作の映画の準備です。コロナの影響で行き来がままならず6月までずっと日本には帰らず、になりそうです。でもご飯が美味しく日本食が恋しくなることもなく快適な一人暮らしです。公開は来年になりますが、是非またその時にご報告させてください」

※注釈:映画監督、テレビドキュメンタリー演出家。映画には「幻の光」「ワンダフルライフ」「誰も知らない」「そして父になる」「海道diary」[三度目の殺人]「万引き家族」などがあります。


大山 謙司《33D》
「音楽祭、文化祭、体育祭と部活以外もイベントでいつも各クラスが燃えていました。自由な校風はこうして培われていくのですね。このDNAが永続し益々のご発展を祈念します。」


高木 健《33G》
「長く建築設計に携わり今は国際設計部に所属。国内最後のPJであろう某競技場は、政治に翻弄され残念であるが、建築物は人・街・環境と調和することで価値がでる。引退後は自分の作品のその後を探訪できたらと思う。」


風間 宏夫《33G》
「大学を卒業後32年間開発業務に従事したメーカーを定年目前に退職し、100歳人生に向けた今後の人生を考える毎日を送っています。起業か海外移住か…悩みつつ、趣味のスマホアプリ開発に没頭しております。」


羽鳥 裕子《33G》
「コロナ禍の中、皆さまお元気でしょうか。私は、リモート不可な部署で勤務しておりますので、日々万全の予防をしながら電車通勤しております。何とか無事に元気でおります。一日も早く皆さまとお目にかかれる日が来ることを願っております。」


梶原 敏子(旧姓 中村)《33G》
「逝ってしまった大切な人達のことを最近よく思い出す。「うめこはそのままでいいから」って、どんな私よ?口下手なG組の班ノートには18歳のみんながいる。私も。そのままであっても、なくても、どうか無事で!」


村瀬 雄一《33H》
「5年前の暮れに武蔵境で同じクラスの数名と飲み、その勢いで学校まで行きました。通学路も校舎も、35年経って変わっている中、ところどころ変わらない所を見つけに行くのはおすすめです。」


宮田 直彦《33I》
「2019年、念願のエジプト再訪を果たしました。就職した証券会社の留学生として2年間をカイロで過ごして以来、28年ぶりとなる「ホーム・カミング」に感無量でした。昨年11月には人生初の転職に踏み切りました。新しい環境にも慣れて、今は(年甲斐もなく)ワクワクしながら毎日を過ごしています。」