同窓生の皆様、コロナお見舞い申し上げます! パンデミック新型コロナの為に日本中及び世界中が不自由な生活を強いられておりますが、武蔵OB・OGの皆様は強く健やかにお過ごしのことと拝察申し上げます。新聞記事によりますと新型コロナの為に、近頃では東京から地方への人口流出が起きているそうです。

実は、私はその地方暮らしを30年も前から実践しておりまして、自由で豊かな田舎の魅力について、皆様に少々ご報告したいと思います。


私は武蔵17Cの老人でして、本年目出度く74歳になりました。高校在学中は柔道部と落語研究会の二足の草鞋を履いておりやした。

その為、学業成績はもちろん入学から卒業まで律儀に超低空飛行を続けた訳で、1年浪人してやっとこ小金井の学芸大とやらに入ったものの、中で1年留年したから都合6年がかりの卒業ってことになりやした。

25歳の時には当時の西ドイツに行き、40歳までの15年間長いワーキングホリデーを過ごしやした。何んせ貧乏なもので15年のうちの半分は働いて、さらにその半分は旅行というより、欧州中を放浪遍歴でしたから、実質勉強したのは5年間ぐらいのものでしょう。それでもラインランド州立のマインツ大学大学院てえところで実在哲学やら古代ギリシャ史やら比較文化論てなものと気ままに遊ぶことが出来やした。

40歳で帰国すると、山口県の岩国短大という所で教職に就き、そこでは観念してジッと石部堅吉を貫き通しやした。この時代が人生で一番退屈な時でして、しょうがねーから中古のボートを買って土日は必ず瀬戸の海に出ての釣り三昧。それでも20年間真面目に働けば目出度く退職の日も来るってもんで、人生60年なんてあっという間のこと。

60歳になりますと島根県の山林を4反ほど買い求めて、昔からの夢だった里山農業を始め、山小屋を建て、薪ストーブに親しみ、有機野菜を作れば鹿や猪に邪魔されるという、誠に夢のような楽しい10年間を過ごしやした。

ところが一人農業を10年も続けると飽きてくるもので、70歳を過ぎた今は古巣の岩国に戻って「岩国錦川竹林整美」ボランティアなんてものを数人の仲間と共に続けてやす。これがまた面白くて、竹の本体は12mの長さにして広島のカキ養殖イカダ用に加工し、残った竹の残材はチッパー(破砕機)にかけてバイオマス燃料にしやす。荒れ果てた竹藪が見る見る元の美竹林に生まれ変わって、ワシら竹取の翁達の気分も爽快。


と言う訳でして、里山の有機農業でも竹林の整美作業でもコロナとは全く無縁の生活をしておりやす。山林の中の畑も、錦川沿いの竹林も広大無辺、空気清浄にして水清く、マスクも要らず密もない。マスクを付けるのはスーパーに酒類を買い出しに行く時ぐらいのもんでして、誠に、都会暮らしの皆さんには申し訳ない程でありやす。

子供の話になりやすが長男坊は広大法学部を卒業して、何を思ったのか、九州は久留米の陸上自衛隊幹部候補生学校に進み、フル装備での30Km行軍とか50Km行軍なんぞ厳しい訓練を経て、現在は北海道帯広の第5旅団に配属され、今度は雪中行軍・雪中設営訓練などと戯れておりやす。

妹の方は地元広島の高校を卒業すると「東京に行く!」と叫んで早稲田に進み、4年間、ニューオリンズジャズクラブとやらで戯れておりやしたが、早々とチャッカリと就職して、今では花の東京のキャリアウーマンを決め込んでおりやす。

てな訳でして、金食い虫二人が取り敢えず社会人自立をしてくれて、こんな嬉しいはない。ジジババはそれぞれ自分の年金が有って悠々自適っつうか貧乏ながらスローライフを楽しめる。コロナが治まったら自立したての社会人さんには早速婚活をして貰いたい。楽しいかな人生、じゃねえ余生だっけ!


武蔵高校に居た頃は、先生から「お前、落語なんかやってると人生落伍するぞ」なんて脅かされたもんだが、そんなことは有りやせん!アッシは落語から人生を楽天的に、人生を楽しんで生きることを会得しやした。

我が武蔵の柔道部は都大会でも1回戦出ると負けでしたが、今考えるとそれが良かった。我ら武蔵生は競技者になる為ではなく、あくまでも健康増進の為にスポーツを行うという、高校生本来のクラブ活動を貫くことが出来た。お蔭様で体を壊すことなく、74歳になる今日も畑仕事や竹林仕事をすることが出来やす。

人生に無駄なものは無いのです。人生を長くやってますと、アレもコレもソレも色々なものが結び付いて、ああやっぱりアレをやっててよかったんだなと、つくづくと思う竹取の老人でありやす。

それと、一般論として、人は現役世代には目一杯都会で働いて、65歳の年金受給者になったら田舎暮らしをするってのがイイと思うんだがね。ただし、前期高齢者のうちは畑仕事も山仕事も出来るが、後期高齢者に成ったら重労働はチト厳しい。だから、後期高齢者に成ったらまた、都会に戻るってのがもっとイイかもしれない。今、デュアルライフ(2拠点生活)ってのが流行ってるって話だがね。


とは言いながら、田舎暮らしを長くしていると、その土地が即そのまま自分のふる里になるかと言えば、なかなかそれが難しい。アッシにとってのふる里はあくまでも三多摩の地であり、幼少期の多摩川であり、青春の武蔵であり続ける。

東京には25年間しか居なかったのだが、この74歳の老人にとって武蔵高校が妙に懐かしいこの頃ではありやす。

なお、島根県の里山で有機野菜を作っていた時の話は、是非、以下の本をお読みください。

題名:「自由で豊かな田舎暮らし、未来へ
ペンネーム: 里山ジイジ (広島県在住 武蔵17C 宮内海司)
出版社: 朝日出版
定価: 900円+税


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