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大菩薩ヒュッテに関する資料

大菩薩ヒュッテ

ヒュッテ資料_表紙ヒュッテ

所在地   秩父多摩甲斐国立公園内
山梨県甲州市上萩原字萩原山 標高1,700米

秩父多摩甲斐国立公園は、埼玉、東京、山梨、長野の1都3県にまたがる、素朴で美しい自然に恵まれた公園です。雲取山から甲武信ヶ岳、金峰山へと連なる奥秩父の山々を中心とするこの公園は、荒川、多摩川、笛吹川(富士川)、千曲川(信濃川)などの源流域となっています。
複雑な地形のために刻々と移り変わる稜線の風景、幽遠で清涼な渓谷。これらに森林植生のよさが加わり、新緑と紅葉があざやかな美を競う景観は、日本を代表する風景の1つです。

ヒュッテ資料_ヒュッテ沿革

ヒュッテの沿革
1955年7月20日3年A組有志15名が2泊3日の大菩薩登山を行う。引率は田原先生と高橋安先生であり、勝縁荘に2泊し昼は登山、夜は小屋の主人である益田さんと文学論を語り合った。その時の毎年、来たいという生徒たちの希望からヒュッテ建設の話が具体化したのである。
学校に戻り、1956年と1957年の卒業記念品として小屋建設の話をしたところ近藤校長以下多数の生徒が賛成してくれ、山岳部馬場部長の案内で校長以下が現地を視察し、あっという間に話が進んで翌1956年には建設が完了した。

ヒュッテ資料_1956年頃のヒュッテ正面入り口
1956年頃のヒュッテ正面入り口

ヒュッテ資料_現在のヒュッテ正面入り口
現在のヒュッテ正面入り口

ヒュッテ資料_現在のヒュッテ南面
現在のヒュッテ南面

ヒュッテ資料_1967年21G大菩薩合宿

1967年2年G組大菩薩合宿
1961年~1988年まで2年生の夏にクラス合宿としてヒュッテを利用する

1989年に学校行事としてのヒュッテ利用が終了し、学校当局からヒュッテの取り壊しと土地の返還が提案される。これに対し同窓会はPTAと連携し、何らかの存続方法が無いか検討するために暫く様子を見る事を提案し、年間最低管理費(年20万円)をPTAが搬出する事になる。

1991年2月15日山岳部OB会からヒュッテ維持管理を当会がする旨の申し入れがなされ、学校当局・同窓会・PTA・山岳部OB会の四者による「大菩薩ヒュッテ管理委員会」が発足する。この年より同窓会・山岳部OB会からの資金提供を原資としてヒュッテの大改修を行う。

ヒュッテ資料_1991年窓枠ヒュッテ資料_マキストーブ

1991年 窓をアルミサッシに変え、屋根を張り替える。マキ確保の目途が立ち、早速マキストーブを設置し寒い夜でも快適に過ごせるようになる。台所にはプロパンガスを設置。

ヒュッテ資料_1993年ソーラーシステム設置ヒュッテ資料_内装改装
1993年 ソーラー発電システム設置
1994年~1995年 内装改装、ベランダ設置

1999年 玄関大改装

1999年 玄関大改装

1999年 台所大改修

1999年 台所大改修

2007年 屋根全面葺き替え、外壁塗装

2007年 屋根全面葺き替え、外壁塗装

2009年 武蔵上水敷設完了

2009年 武蔵上水敷設完了

水源標高1,800m地点

水源標高1,800m地点

2014年 ベランダ解体

2014年 ベランダ解体

2012年 小水力発電実験プラント設置

2012年 小水力発電実験プラント設置

大菩薩連嶺

大菩薩連嶺は秩父山地の一端に当たり北の柳沢峠から南端の笹子峠へと続く南北約30Kmの主稜線とそこから派生する東西約20Kmの支脈上にそびえる山々によって形成された山地である。標高2057mの大菩薩嶺を主峰として1500m以上のピークを十数座数え、植生は亜高山帯に属する。クマ・シカなどの大型動物も生息する豊かな自然に恵まれた山地です。また、関東と甲府を文化的、経済的に区切る障壁ならではの人文的に興味のある史話が残されている。

ヒュッテ資料_ドライブMAP ヒュッテ資料_MAP01ヒュッテ資料_MAP02ヒュッテ資料_MAP03ヒュッテ資料_MAP04
※この地図の作成にあたっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用したものです。(承認番号 平14総使 第389号)

写真ギャラリー

大菩薩ヒュッテ・秩父多摩甲斐国立公園近辺にて撮影された、美しい自然・草花・動物の写真ギャラリーです。中には稀少な動植物もおります。是非ご覧下さい。

大菩薩の周辺案内図です
ヒュッテ資料_周辺案内図

※掲載されている写真は、各位ご協力のもと大菩薩ヒュッテ・秩父多摩甲斐国立公園近辺において独自に撮影したものです。写真の著作権は都立武蔵高等学校同窓会・山岳部OB会に属します。無断使用はご遠慮ください。